学びて思わざれば だいぶ涼しくなってきたので助かりますね。 先日、中2の生徒が歴史の学習において「宗教改革」をやっておりました。 この宗教改革で学ぶのは「ルター」「免罪符」くらいですよね。 しかし教科書であと数行、または授業であと5分多く費やせば非常に深いものになるはずです。 たとえば、サッカー選手がよく手で十字架を切りますよね。 彼らはキリスト教の一派、カトリック教徒です。 ポルトガルやスペインそして、かつて両国の植民地であったブラジルやアルゼンチンはサッカー大国であり、カトリック大国でもあります。 だからよく手で十字架を切るのです。 プロテスタントはまったく手で十字架を切りません。 たまにそういう選手もいるでしょうが・・・ 1549年に日本にたどり着いたのは「カトリック」です。そして伝道者(神父)をパードレ、バテレンなどと呼びました。フランシスコ・ザビエルはイエズス会の人で、カトリックを広めるための修道会の一員でした。作家、遠藤周作のキリスト教弾圧を描いた「沈黙」にはパードレという言葉がたくさん出てきます。 なお、欧米諸国で先進国と言われている国々は比較的自由なプロテスタントの国です。 これは数行では足りませんね(><) 実に生徒たちは多感な時期に多くを学んでいます。その学びを「意味あるもの」にしたいと我々も日々学んでいます。 「学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし)」です。 カテゴリー: セルモの教室長BLOG 2018.08.20